突然の夢

 息子がまだお腹にいた時分。あれは妊娠6ヶ月目ぐらいのある日、こんな夢を見た。子どもの父親が、机に向かって手紙を書いている。それをその場でなく、こちらの世界から私が眺めている。いつものように、筆ペンを持って横書きの手紙だった。
「・・・男の子が生まれました。名前は糸吉・・・」という文字が目に入った。「イトキチ?なんて素っ頓狂な名前なんだろう」と私は笑った。もちろんわが子の話だとはこれっぽっちも思っていない。

 私は病院の妊婦検診には極力行かないようにしていたが、前期と後期に一度ずつ無料で受けられる検査だけは受けていた。その際、超音波を当ててのエコー検査もあったが、胎児の性別は尋ねないようにしていた。どちらが生まれても、歓迎してやりたいと思っていが、なんとなく自分のなかでは「女の子ではないかな?」という気がしていた。胎児が男か女かによって、顔つきやお腹の出具合が違うなどとも言うが、そういった不確かな根拠すらない、ただのカンというか、単なる思い込みというか。

 それで、こんな夢を見ても自分の子のことではないように感じられて、ちょうどひと月ほど先に生まれることになっていた彼のきょうだいの子どものことではないかと思ったりした。しかし「イトキチ」とはなんと古めかしくも可愛らしい名であろうか。この夢のことは彼や友人にも話して、それから数日はお腹に向かって「イトキチく〜ん」などと呼びかけたりもしてふざけていたが、そのまま忘れてしまった。

男の子だった!

 それから3ヶ月ほど経った9月19日、生まれてきたのは意外にも男の子だった。初対面のシーンは今でも忘れられない。助産婦さんに抱かれた息子は、クリクリした瞳をパッチリと見開き、私の目をジ〜ッと見つめながら、右手をゆっくりとゆっくりと私の左頬目指して動かしてきた。その瞳は「やっと会えたね、ママなんだね?」とでも言っているようで、細く長い5本の指は、昔テレビで見た映画のETを彷彿とさせた。

 さあ男の子だ!ということで、男の名前を考え始めた。カタい感じの響きがあまり好きではなかったので、優しく可愛らしい名前がいいと思って、あれこれと考えた。第一候補は「すずなり」くんというもので、亡くなった彼のお父さんと私の母とが共通して持っている「寿」の字を使ってみてはどうかと思っていた。昔よく通った下北沢の芝居小屋の名前も「スズナリ」だったよな〜、まぁ、縁起のいい名前ではあるななどと考えながら、姓名判断の本を参考に字画を見てみると・・・これがあまりに酷かった。当然、即決で却下になった。


名前がないっ!?

 そうか・・・私はこの『桑野式姓名判断』を参考にしたいと思っているわけだから、逆に字画を決定してから名前を選んでいった方が簡単だ。産後は目を養わなければならないというから、画数合わせにそうそう時間はかけられない。それで、そのことに気付いてからは、ありとあらゆる画数を計算してみた。しかし、当時の婚家の姓に合う画数はどれひとつとしてなかった。しかも、ちょっとやそっとのことじゃない。「幼少の頃、水難に遭う」「成年に達して気が狂う」「必ず火事に巻き込まれる」・・・どれをとってもヒドイものばかりで、親だったら誰だってこんな名前を子につけはしないだろうと思われた。

 楽しみにしていた名づけ作業がだんだん辛くなってきた。姓名判断なんて気にしなければいいという声も聞こえてきそうだが、私は最初の結婚をした20代前半にこんな経験をしていた。それまで健康だけが取り柄で医者知らずで通っていたのに、気付くと財布の中に病院の通院カードが3枚も入っているようになった。口の周りと手指に湿疹ができて皮膚科へ(これは友人にもらったロシア土産の得体の知れない軟膏を日焼け後の肌に塗りたくったことによるステロイド副作用だと今では考えている)。鼻の調子が悪くて耳鼻科へ(これなんかも前述の軟膏が怪しいような・・・)。そして膣炎を起こして婦人科へ(これは当時飲んでいたピルのせいかなという気もしている。ピルを服用するようになってから、なにかと婦人科のお世話になるようになった。ホルモン剤は怖い!本当にそう思う)。

 あるとき、某一流紳士服メーカーのリクルートスーツ売り場で、キャンペーンガールのアルバイトをしていた。ボディコン&ミニミニミニのワンピースを着て、リクルートスーツをお買い上げになったフレッシュマン予備軍の写真をポラロイドカメラでパチリッと撮影するのが仕事だった。ペアを組んだのはスラリと長身で、「クレオパトラってもしかしたらこんな・・・?」と思わせるような美女。名前もふるっていて、星サユリさんといった。客足が引いた時間帯の無駄話が、次のような展開になった。

「最近、なんだか調子悪くって。今まで医者知らずで通っていたのに」(私)
「それって真弓さん、もしかして結婚してからじゃないの?」(星さん)
「そう言われてみたらそんな気がする」(私)
「それは名前が変わったせいね」(星さん)
「え〜っ?そんなのってあるの?」(私)
「あるの、あるのよぉ〜」と言って彼女は、その場で私の名前を旧姓と新姓のそれぞれで計算してくれた。

 彼女によると、旧姓(今の林崎真弓)だと私の名前はとても強い。16・23・32という三大強数のひとつである32が総画にあるというのだから、これはかなりのもので、男性ならともかく、女性においてはヘタをすると強すぎて男を食ってしまうほどなのだそうだ。(おおいに思い当たった・・・)ところが、新しい姓では総画が21画になる。これはこれで吉数ではある。また他の部位を見ても、全体的に平均してほどよい。女性として普通の幸せを望むなら、この程度の画数が無難らしい。

 彼女曰く「だからね、真弓さんはつまり、結婚して普通の人になったというわけよ。普通の人は病気もすれば医者にも世話になるっていうこと」
 なるほど・・・と、妙に納得した。そしてそれ以来、私はこの「桑野式」にかなりハマッてしまい、彼女に借りた『桑野式姓名判断』という本と同じものを書店で手に入れた。そして家族や友人知人の名前を見たりしては、「う〜ん、当たってる・・・」と、ますます「桑野式」への信頼を深めていった。
 
 別に名前がすべてだと思っているわけではない。しかし名前というものは重要な役割を持っていると思う。その字の持つ意味にしても、響きにしても。そしておそらく字画というものも、それなりの信憑性があるように思えるのだ。だからわが子の命名となると、どうしても力が入ってしまう。どんなに素敵に思える名前でも、字画がメチャメチャだったらやはりやめておきたい。

「一字名」という抜け道

 それにしても、本当にこの子に合う名前はみつからないのだろうか・・・。どうしたって何かつけざるを得ないのだから、もう計算はやめよう。誰かにつけてもらって、知らない間に出生届を出してもらおう。そして私は一生涯、その名前を「桑野式」で計算してみないことにしよう。そうでなかったら、前に進めない。だって、何をつけたってヒドい結果になるとわかっていながら、私がつけられるわけないんだから。そう思って、家族に提案したが一蹴された。みんなで話し合って、みんなが納得した名前をつけるべきだとかなんとか・・・。

 とうとう生後14日目、出生届の提出期限の日がきた。もちろん名前はまだ決まっていない。息子のことは「赤ちゃん」と呼んでいた。早く名前で呼んでやりたいが、その名前がどうしても見つからないのだった。
 ところが、あと2時間もしたら市役所が閉まるという午後3時ごろになって、突然私の頭の中にあることがひらめいた。「そうだ、一字名というのがあった!」よくよく考えると、私は二字、三字の名前はかなりの数を試してみたけれど、一字の名前については考えていなかった。「姓が三字だから、名は一字がいいわよ」と母が言うのを聞いて、「ヒロシとかアキラとか、そういうのはあんまり好きじゃないんだよね〜」とはなっから取り合わなかったのだ。(ちなみに母の男兄弟はみな漢字が一字で読みが三音で揃えてあった。そのせいか、そのテの名前にオジサンくさいイメージを抱いていた)

 婚家の姓は、どんな名前とも相性が悪い。しかし、一字名となるとちょっと話が違う。というのは、一字名や1字姓の場合は、総画を見るときにはすべての画数を合算する。これは他の名前も同じだ。しかし、その他細かい運勢(社会運、援助運、家庭運など)を20歳以上で見るときに、名に1をプラスして計算する。そのため、出てきた数に微妙なズレが生じ、何を合わせてもダメなはずだった婚家の姓ともうまくマッチさせることができるかもしれないのだ。つまりは抜け道のようなものだ。


「結」の誕生

 いくつかの一字名を合わせてみると、結果は予想通りだった。「ヤッタ、これで名前がつけられる!」涙が出るほど嬉しかった。それで1からはじめてとにかく何画が一番良いか、計算していった。ちょっとぐらいの欠点には目をつむろう、生死に関わる悪運でなければOKとしよう、と謙虚に考えていたのだが、12画目でぶっ飛んだ。「スゴイ、最強の画数だ〜!」総画から始まって、社会運、家庭運、外格、内格・・・すべて吉数。内画法といって、出てきた画数をさらに小割りにしていく・・・これまではいつもここでつまづいていた。「これも良し!決まりだ!」

 ということで、次は漢和辞典を引っ張り出してページを繰る。12画、12画、12画・・・「あった、あった!順、満、等、集、最・・・」並んだ漢字を追っていた私の目がある一点で止まった。「結・・・!」一瞬にしてわかった。これはあのとき、夢の中の手紙で見た文字だ。「糸吉」イトキチだとばかり思っていたけれど、漢字の「へん」と「つくり」を離して文字を書く彼のクセに惑わされていただけで、本当は「結」の字だったんだ。

 お腹の中の胎児は、母親が尋ねることなんでも教えてくれるということは信じていた。性別も、生まれてくる日時も、名前も。しかし敢えて「なんでも好きにしていいんだよ。教えてくれなくてもいいからね」と話しかけてきた。けれども、この子は教えてくれていたのだ。あんなにハッキリと。自分が男の子で、「結」という名前になることを。私の読み違えさえなければ、もっと早く簡単にこの子の名前をつけることができたのに。

 こうして息子の名は、「結(ゆう)」に決まった。最初から一字名を主張していた母は大喜び。伯父たちの名前とはちょっとイメージが違うように感じられ、私もとても気に入った。2歳ぐらいまでは「ゆうちゃん」と皆に呼ばれ、お友達ができ始めた頃から、「ゆうくん」と呼ばれるようになった。しかし私はときどき、敢えて「イトキチ」と呼んだりしてみている。

名前って不思議 その1■息子の名をつけるにあたって、ただひとつ凶数を持つところを発見していた。それは幼少時の家庭運。しかし、幼少時の家庭運程度なら、親の努力でなんとかカバーできるのではないかと考えることにして命名を決めた。結局、生後1年余りで両親が離婚することになったのはなんだか不思議。

名前って不思議 その2■離婚が成立してから、私と息子の姓をどうしようかと考えた。あれほど婚家の姓に合わせてつけた名前だったから、息子の方は変えないほうがよいのではないかと思ったのだ。しかし、私の名前は結婚後最悪とも言える画数になっていたので、元に戻したい気持ちが強かった。戸籍制度への反発もあり、親子別姓もいいかなという気もしたが、「長男と母親の姓が違うのは子にとってよくないらしい」と、同じ境遇だったお兄さんを自殺で亡くした友人に言われたのが気になり、手近にいた姓名判断士さんに相談してみた。

偶然にも「桑野式」を極めたという方だったが、彼曰く「結くんの名前を見てみましたら、林崎の方がいいですね。それにもましてお母さんの名が旧姓の方がバッチリですから、おふたりで改姓された方が絶対にイイですよ」あんなにすったもんだしてつけたのに?別の姓との方が組み合わせがイイの?

さらにこんな話も聞いた。「この子は名前が12画。これは本来たいへん弱い名前ですが、不思議と誕生日との相性が良くて、12画の繊細な良い部分だけが引き出されているので良かったですね。また12画というのは、父親との縁が薄いんです」
子どもって本当に、すべてを計画して生まれてくるのかもしれませんね。ホントに不思議。

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